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Atelier in the Green

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気ままに綴るあれこれ日記

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今年も残すところあとわずかとなりました。
まだ、掃除と新年の準備でバタバタしています。
もうすこしゆとりのある年末を過ごしたいな~と思いつつ、毎年同じ繰り返し。
あいかわらず進歩のない私です。

皆様、今年は大変お世話になりました。
どうぞ良いお年をお迎えください。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-31 20:11 | ひとりごと | Comments(0)
「第九」のコンサートにお招きいただいたので、ご近所の友人と聴きにいってきました。
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テノールが、錦織健さんなので、とっても楽しみでした。
お席もとても良い場所で、ラッキーでした。

家で聞くCDの第九とはやっぱり生の音は、全然違います~。
音の響き、深さ、ふくらみ、迫力すべてが別モノです。
五感がすべて感じ入ってしまうとでもいうのでしょうか・・・・。
テノールの英雄的なソロ・・・・錦織さま、すごすぎでした~♪

若いころの私は、年末の第九なんて、「典型的な日本人」の証明みたいで
なんだか気恥ずかしくて何がいいのか理解できませんでした。
一人、マーラーでも静かに聞く方がカッコイイなんて思ったりもしていましたが・・・
なかなかどうしてやっぱり素晴らしいです。

一年のいろいろなことを昇華させて、
新しい年に向かっていくエネルギーを感じるクライマックスです。


私も友人も興奮さめやらぬまま、
新宿二丁目の中華料理店に点心を食べにレッツゴウ~です。
ここは、私が20代の頃から行っているお店で、お味は絶対です!
信じられないくらい食べまくりました。
第九で感動して、中華をたらふく食べる私たちって??



幸せ者♪
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-28 23:47 | 音楽 | Comments(2)
手づくり愛好会の忘年会です♪
今年は、皆さんにいろいろ教えていただいて、充実の一年でした。

お店はみんなの大好きな奥沢のフレンチです♪
冷たい前菜(生牡蠣の海水ジュレ寄せ)をいただき
次に温かい前菜(ホタテのバターソース)・・・。
これで、そこそこお腹は満たされ始めてきています。
次のお魚料理は黒ムツのかぶら蒸しでした。
和テイストも感じる優しいお味です。

ここまでのお料理は、おしゃべりに夢中になって写真を忘れました。

お口なおしは、パセリのシャーベットです。
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おぉ~~!って感嘆の声がこぼれます。新鮮なお味でした。


牛ホホ肉の赤ワイン煮
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柔らかく煮込んだ季節感たっぷりのメニュー。

焼きりんご&アイスクリーム
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焼きりんごの中にレーズンとカスタードクリームが入っていました~♪
お料理、デザートすべて美味しくて幸せ度100%です♪

最後にサプライズのプレゼントがISIS先生から・・・
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エッフェル塔や、凱旋門がついているお洒落なストラップです♪
みんなジーっと狙いをさだめて、ジャンケン大会となりました。
私はビリでしたが、どれも素敵なので、どれをいただいても嬉しいです。

寒い夜でしたが、とっても楽しく盛り上がった忘年会でした~~~♪
みなさん、どうもありがとうございます。
また、来年もよろしくお願いしますね~。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-27 23:15 | 美味しいもの | Comments(2)
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我が家のクリスマスメニューです♪
家族の喜ぶ顔を見ると、また頑張ろう!という元気の源になりますね。

怪我をして以来、左手が思うように使えず
お料理の時間はかかるし、綺麗にできないし、イライラすることもしばしば。

キッチン以外で一番困るのは右手の爪切り(笑)
一度に全部の爪を切ることはできないので、少しずつです。

痛くても我慢してリハビリしないと、
筋力がますます落ちて
固まったまま動かなくなるよ・・・と、さんざん長男に脅かされて
リハビリ科に通うことにしました。
言われてみれば、確かに筋肉もそげ落ちて手の形もかわってるし(笑)

最近は、子供たちに叱られたり、励まされたりと
立場が逆転しています。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-25 22:51 | おうちご飯 | Comments(0)
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こちらも手作りがお得意の友人からいただいた来年の干支のもーちゃん♪
ウズラの卵よりひとまわりくらい大きいモーちゃんです。
角松なんか、信じられないくらいとっても小さいんです~~。
粘土で作ったそうですが、まさに名人芸です!
かわいすぎて、行方不明にならないようVIP扱いです。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-24 16:12 | お気に入り | Comments(2)
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何でもお上手に手作り作品を作る友人から
「ハート型のサシェ」をいただきました。
とても良い香りが漂う素敵なサシェです~♪
ありがとうございます。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-24 16:00 | お気に入り | Comments(0)
長崎から戻り、ボケ~としていたら、今日はもうクリスマスイヴです。

昔は、クリスマスには家族でディズニーランドに行ったり、
スキーに行ったりしていましたが、
ここ数年は、子どもたちが部活や冬季講習とかで留守がちなので
家でまったりのクリスマスです♪

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スワロのクリスマスアイテムをペーパーウェイトにしてみたら
かわいいかったのでアップしてみました。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-24 15:57 | おうちご飯 | Comments(0)
手づくり愛好会のメンバーで、Izumi先生のお宅でのケーキレッスンに参加しました。
マロンクリームを使った、クリスマスケーキです。
生地にはココアを混ぜて美味しさ倍増です。
先生はなんでも完璧にこなす方なので、わたしは刺激を受けまくりです。

秋以来、外でのお稽古ははじめてでした。
手の痛みで、お手伝いも上手にできないし、
テーブルで失敗でもしたら・・・と思うと
外でのお稽古は億劫になります。

でも、今回は皆さんのご好意に甘えて、
私はただ口だけ動かしておりました(笑)

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出来上がったケーキたち♪
飾り付けもとっても楽しかったわ~~~~。

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先生の手作りパンのオープンサンドと、野菜のたくさん入った鶏スープ、
そしてシャンパンで乾杯です。
センスの良いテーブルセッテイング、美味しいお料理と、楽しいおしゃべり。
すっかり遠のいていた楽しい時間です。


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先生の見本のケーキをカットしていただき、お茶で優雅なひとときも過ごすことができました。

久しぶりのメンバーに会えて、たくさんのおしゃべりでもりあがりました~(笑)
持ち帰ったケーキ、息子は「おぉぉぉぉぉぉぉ~♪」と感嘆の雄たけびをあげ
美味しい!!と言って喜んでパクついていました。
先生、ありがとうございます~~~♪
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-19 08:37 | 美味しいもの | Comments(2)
幕末の歴史も訪ねました。
「勝海舟寓居の地」
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1855年から4年間、幕臣の海舟は長崎海軍伝習所生として、大乗院に寓居します。
伝習所では、語学に秀でた優等生だったとか。
身の回りのお世話をする女性とのロマンスも生まれますが
江戸に戻ってから、子供が生まれたことを知る海舟。
女性との再会は、果たせず、遺児を江戸に呼び寄せて対面したといわれています。
色恋沙汰にはほとんど縁のなかった海舟の唯一のロマンスだったと、
司馬遼太郎は「竜馬が行く」の中で、書いています。

グラバー園内の「旧三菱第二ドッグハウス」のテラスからみた長崎港
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ここの資料で、私は意外な人物の名前を発見しました。
海軍伝習所の初代監督だった永井玄蕃の守(尚志)が、
実は、この長崎造船所の創始者だったという事実。

昨年長崎造船所は150周年のお祝いをしたと
前日の命名式で、造船所の担当者から聞いたばかりだったので
1857年当時、ここで造船を始めた人ってどちらさん?と思っていたところでした。
ひょんなところでひょんな名前に出くわすものです。

世間にはあまり知られていないこの人物は
私の義理の伯父の曾祖父にあたる人です。
幕府に忠節過ぎた幕臣だったせいか、
新政府になってからの評判は芳しくなく
晩年は不遇だったと聞いています。

歴史学者の評価も低く、
「新しい時代に対応できなかった頭の固い人物」とまで言われています(笑)
が、彼はたくさんの子孫を残し
その中の一人に、三島由紀夫がいます。
伯父は、三島に「永井玄蕃の一生」を小説に書くよう勧めていたそうですが
三島は、「いずれ・・・」との返事をしたまま、
自衛隊市ヶ谷駐屯地において、世間を驚愕させる劇的な最期を遂げます。

伯父は、不遇な生涯を終えた曾祖父の汚名をはらすべく
当時の売れっ子作家となった従兄弟に一発逆転の
歴史小説をたくしたのもかもしれません。
もし約束が果たされていたら、幕末の歴史も違う視点から楽しめたかもしれません。



「亀山社中の跡」
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激動の幕末を駆け抜けていった竜馬が、長崎で作った貿易会社、亀山社中です。
長崎の海を見下ろす高台にあります。
小さな一軒家でお庭には小さな竜馬の像がありました。
再来年の大河が、竜馬に決まり、
長崎市は社中の建物のリフォーム中です。
中がみられず、残念でした。

舵と竜馬のブーツ像
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海にあこがれながら、志半ばで倒れた竜馬の夢は、遠く東シナ海を臨んでいます。

亀山社中の社旗
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風に大きくそよぐ旗は、新しい日本を夢みた若い志士たちの気概を感じます。
余談ですが・・・
ソフトバンクの孫社長は、大の竜馬ファンで、
会社のロゴはこの旗からヒントをえて生まれたといわれています。

竜馬がいなかったら、薩長同盟はできなかったでしょう。
この同盟こそが、維新を成功させた鍵だったと思います。
いじけきった長州・・・プライドにこだわる薩摩・・・
両者を結ぶ仕事は、竜馬にしかできない仕事でした。
そして海舟もまた、江戸城無血開城という大きな仕事をしました。
歴史を大きく動かした二人です・・・。


再来年の大河の竜馬の主役は、私の大好きな福山雅治様に決まりました。
そこで、福山様の足跡も・・・

ご実家の玄関をパチリ♪ローマ字での表札です。
母は「あいかわらずミーハーね~」とあきれていました。
ヨン様はもういいの?と聞くので、あれはあれ、これはこれ!と。
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福山様が親しくしている鯛飯のお店で、大将がサインを並べてくれたのでパチリ♪
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こちらでは、食べきれないくらいたくさんの海の幸を満喫~。
お腹がいっぱいになって、最後の鯛飯は軽く・・と、お願いしたら
残ったらおにぎりしてあげるよ~との嬉しい心づかい・・・。
翌朝、母とホテルでいただいた鯛飯のおにぎりは、
冷めていても本当に美味しくて
あらためて、長崎の人情のあたたかさを実感しました。

市内の中島川にかかる日本最古のアーチ型石橋の「眼鏡橋」
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橋のたもとにあるカステラのお店「匠寛堂」
空港にも出店はなく、ここだけのお店です。
お買いものをすると、店内でお茶とカステラをいただけます。
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べっ甲のお店。ロシアのゴルバチョフ大統領もここでお買いものされたそうです。
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最後に・・・
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稲佐山からみた長崎の町の夜景です。
美しくて、本当に綺麗な夜景でした。
もりだくさんの観光で、母はちょっと大変だったかもしれませんが
お天気にも恵まれて、楽しい旅でした。
また機会があったら行ってみたい町です~♪
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-17 09:29 | 旅行 | Comments(2)
造船所でのセレモニーが終わり、
夫をはじめ、東京からのお客様は帰京。
私はそのまま長崎に残り、母を呼んで長崎の町の散策へ出かけました。


「日本二十六聖人殉教地」
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秀吉の禁教令により、京都や大阪で捕えられた日本人を含む26名のキリシタンが
1597年にここ西坂の丘で殉教。
その様子は絵図に残されて、当時の弾圧の厳しさを後世に伝えています。

すぐ隣に「日本二十六聖人記念館」があり、遺物が展示されています。
遠い昔、命をかけ日本にきて、異国の地で果てた聖人に
しばらく思いをはせました。


「大浦天主堂」国宝
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正式な名称は「日本二十六聖殉教者天主堂」といい26聖人に捧げられたもの。
1864年に殉教地西坂の丘に向いて建てられた国内最古の木造ゴシック建築。
教会内は美しいステンドグラスの光に満ちた静かな雰囲気です。

「浦上天主堂」
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厳しい弾圧の時代を耐え忍んだ信徒たちが、1895年から30年の歳月をかけて
作り上げた当時では「東洋一」といわれたロマネスク様式の大聖堂。
爆心地に近かったため、原爆により全壊して、昭和34年に再建されました。
浦上の信徒さん方の苦難の象徴のように感じてしまいます。

ここ長崎は信仰の町であるとともに、
忘れてならないのは原爆投下によってたくさんの尊いお命を失った町。
母とともにその歴史も見てきました。

「平和公園」
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爆心地に程近いこの平和公園は、当時は刑務所で服役囚、刑務官など
130名以上が犠牲になりました。
当時の惨状を伝える舎監の土台が、折れ曲がった鉄筋とともに
公園の両側の柵の中に残っています。
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誰もいない静かな公園のベンチでまどろむ猫ちゃんたち・・・
張りつめた私と母の気持ちを和ませてくれました。

「如己堂」
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「永井隆記念館」の横にある二畳一間のお住まい。
カトリック信者だった永井隆博士(長崎大学病院の医師)が
原爆により妻、家も財産も仕事も失ない、
幼子二人と、自らも白血病になりつつも
深い信仰のもとに執筆を続けたお住まい。
「清貧」というにも、あまりに質素な終の棲家でした。

「長崎原爆資料館」
母はあまり気がすすまないようでしたが
私は歴史に目をそむけたらいけない、といって見てきました。
惨状を目のあたりにして、言葉もありませんが、
これが現実に起こったことと、深く胸に刻みました。

そして出口近くにあった少年の写真・・・
母も私も、ただただその少年の前でたたずむのみでした。


長崎歴史文化博物館「バチカンの名宝とキリシタン文化展」
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先月、長崎で188名の「列福式」が行われ、その記念の企画展です。
常設展と並行しての展示で、今回の列福式に関する資料もあり
良い機会に伺えたと思います。

長崎・・・
ここには長い苦難の歴史を耐えてきた命のつながりがあるんだな~と
あらためて感慨にふけました。
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by poco_a_poco_2008 | 2008-12-14 21:45 | 旅行 | Comments(0)